天上の海・掌中の星

    “翠の苑の迷宮の” 21 〜闇夜に嗤わらう 漆黒の。U
 

          21



 そういや、いつだったか妙なことを訊いてやがったよな。
 あ、いつだったかってのは何だ。ありゃあ俺の誕生日の晩の話だ。
 あいつが俺へと決めてくれた、この地上では秋の半ばになる頃合いの晩のこと、
 他愛ない話を紡いでいたその外れ、何の拍子か、訊いてきやがったのが、

  『なあなあ、ゾロって若いまま凄んごい長生きしてんだろ?』
  『じゃあさ、いつかは俺の方が先に爺さんになるんだろうな。』 

  ―― じゃあさ、
      先に俺が死んでもさ、次の生まれ変わりの俺と、
      どっかでまた会えるんかな?

 即答できなかったのは、ややこしいことを聞かれて閉口したからじゃあなかった。
 とんでもない内容だったこと、
 そして、こっちはそんなことをいちどきだって思ってもみなかったこと。
 そうなのだぞという言いようの色合いにも息を飲んでしまったからで。

   ……だが、

 この坊主はまだまだ子供だ。
 生きるの死ぬのを軽々しく口に出来るほど、
 実体験で得るべき経験値も、浅く少ない、幼い子供。
 深い意味合いなんてもんは意識も考慮もしないままな、
 単なる言葉の綾、例え話ってやつだろうと思い、

  『逢えるさ。』
  『ホントか?』
  『ああ。俺が絶対に見つけるから。』
  『絶対か?』
  『ああ。絶対に見つける。』

 お前でなけりゃあ こんな風に傍に居たいとも思わないと続けてやったら、
 そっかvvと、やたら嬉しそうに笑ってやがって。



  「俺がどんな奴になってようと、
   人間じゃなくたって、ゾロは必ず見っけてくれるって。
   だから、この生が済んでの死んだら、後はどうでもいいってこたないんだ。」




   ――― まさかあのやり取りが、
        こんな土壇場にもひょいって出て来るほどの、
        こうまで深い想いからのことだったとは、
        てんで気がつかなかった俺のほうこそ、
        こうまで長く生きていて、なのに、
        相変わらずに迂闊で考えが浅い男なのだと、
        つくづくと思い知らされた一件ではあった。






  ◇  ◇  ◇



 空間組成の異なる“異次元世界”同士が隣り合う場合の“それ”を最強不可侵なものとして、異空間を開く準備の亜空の壁や、若しくは隔離用の結界の障壁は、侵入の拒絶と同時に逃亡の妨害のためのものでもあるのだが、

 「判ったでしょう? さあ、大人しく捕まりなさい。」
 《 やなこったいっ。》
 「おっと、そう簡単には逃げられねぇぜ?」

 障壁への抗性が弱いというか薄いというか。ともすれば聖楔結界級の防壁でさえも、特に頑張らずともするすると擦り抜けられるのだという特質を、それと気づいて自分で磨いたという少年。下手をすりゃあ精気の脆弱な、それこそ彼が固化してエナジーを奪ってたとかいうもろもろの気配と同じような扱いさえ受けかねなかった訳だから、そりゃあ必死で磨いたらしい生きる術を、どういう魂胆あってのことか、生きながらえるため以上の貪欲さで行使し始めていた要注意人物であり。そんな彼がルフィに目をつけた事情がやっと判って、だが、そんな傲慢な話は聞けぬと、交渉は見事にご破算に落ち着き。その末の睨み合い再びと、相成ったのだけれども、

 《 そっちこそ、さっきの話を聞いてたの? ボクを止められる人なんていない。》

 異常事態への対処を任せられ、聖宮から遣わされる破邪見習いやら聖封の眷属の皆々様、それなりに場慣れしている顔触れの鼻面を、こっちは一人でさんざん引き回した身なんだよとでも言いたいか、

 《 その子を連れ出せないのは残念だったけど、
    ボクだけならばこんな結界くらい…っ。》

 何もないのと同じくらい、手も無く擦り抜けられるんだからということか。その身へバネをため、飛び立とうと仕掛かった少年だったところへと、


  「……甘い。」


 そちらが挑発的ならばと威勢で張り合うではない、むしろ ずんと落ち着いた声がして。頼もしい守護の懐ろに収まったままでいたルフィの放ったそれが、余韻を消し去るその前に、

  ぱんっと

 その動線に添うた音までもが聞こえた気がしたほどの、鮮烈な勢いと強さで開いたものがある。穹へと向かう弓なりのアーチとなって、剣のように聳えたそれは、2枚で一対、つがいの翅翼。あたりの存在をすべて、閃光の中へと取り込んでの輝いて、

 《 な…っ!》

 降りそそぐ光は、神々しいまでの純白と聖なる荘厳。威圧的ではないながら、ここ亜空を周囲と隔てる障壁を、さらに固めた奇跡の力がみなぎったことは、謎の少年へも届いたらしく。

 「…これが、聖護翅翼。」

 肩越しにとはいえ、ロビンがわざわざ見上げたのはそれだけ余裕があったから。健やかな張りがそれは誇らしげに開いた真白な大翼。穢れを寄せつけぬ純白は、その色合いだけで禍々しい存在が平伏しそうなほど強靭に力強く。天まで届かんという大きな塑像や重厚な天世界への扉を彷彿とさせる存在感は、だが、あくまでも清かでやわらかい。とはいえ、それらを雄々しい頼もしさだと感じさせるのは頼みにする立場への話であり、

 《 …くっ!》

 こんなところで搦め捕られては堪らぬとする側にしてみれば、威容さから目が離せぬ、忌々しいばかりの楯。

 《 そんなものっ!》

 亜空に満ちた気配の凝縮に気づいていながら、されど…無理から振り払えば何とかなると思ったものか。自分の小さな両手を胸元に向かい合わせ、自分の裡
(うち)なる念を集めて見せる坊やであり。さほど待たずとも、目映い光の繭玉がするすると形を取ってしまった辺り、こんな幼い存在が、そんな高度な集中をこなせるだけでも大したもの。その念を障壁に溶かすことで、自分が通り抜けられる隙を何とか作り出そうという腹だったらしいが、

 「そうはいかない。」

 それへはロビンが素早く対処を見せる。優美な双腕、ゆるりと持ち上げ、自分の上半身を覆うよう、ゆったりと交差させると。静かに眸を伏せ、念じたのが、


  ―― フェザー・フルーレ


 咒の宣言と共に、彼女の向背からざぁっと吹き上げたのが…無数の花びら。何か純白の花のそれであるらしく、あまりの量であるがため、不意な吹雪にも見えたほど。それが一斉に舞い上がると、今度は群なす蝶のような動き。意志ある集まりによる“狩り”の様ででもあるかのような、獰猛ささえ感じさせるような逞しい躍動をおびての宙空へと舞い上がる。群舞さながらの集団飛翔は、陣形を整えるための助走であったらしく、

 《 な、なんだよっ!》

 それが一気に降りかかって来たのへと、焦ったような声を出した坊や。自身へとまといかけていた先程の念の威勢を放うことで、何とかして追い払えば、

 「覚悟しなっ!」

 サンジが放った声がした。反射的なこととして“何事だろか?”と状況を把握しようとするだろことまで、実を言えば計算のうち。無言で仕掛けていたならば、もしかすると反射で退いての避けられていたかも知れぬというほど、相手は素早い身のこなしを得手ともしていたことを覚えていた聖封殿であり、
《 く…っ。》
 そんなサンジから自分へと向けて、鋭利な切っ先の如くに ぶんと振られた腕の様、視野の端っこに引っ掛かりはしたらしく。それでも態勢を整える間合いが微妙に足りなかったものか、一旦姿を宙へと溶かし込んでの退いてはみたが。そのままでは居られずで、さして離れぬところに現れる。空間を満たした素養が、この坊やの意のままになってはくれないからで、先程の“錯視”の咒などを仕掛けるなんてことも、今や到底出来ない有り様らしく。

 《 こんなことして、ただで済むと思うなよなっ!》

 口惜しそうに叫んだその二の腕には、鋭い衝撃を受けた跡らしき、上着の裂け目と赤くなった肌が覗いていて。サンジが差し向けた、攻撃の咒が掠めて出来た痕跡だろう。小さな子供が相手だからと手加減が働いた末のことならば、相変わらず甘いと思ってだろか、ロビンが口許を綻ばせ、小さな小さな苦笑を零したけれど、

 「ただで済まないのはお前のほうだ。」

 あれほど不気味で底知れない存在だったのが嘘のように、見苦しいほどじたばたと抵抗して見せながら、それでも虚勢を張る彼へ。ルフィの声が再び掛けられ、
《 …っ。》
 まるでこの空間を支える主柱のように、凛と聳えていた大きな翼がゆったりと羽ばたき始める。ゆるゆると降りてゆき、中途で止まって翼の半ばがゆるやかに撓うさまの、何とも優美な舞いが何度かゆっくり繰り返されて。その度毎に健やかな光をまとった羽根がはらはらと舞い落ちて。さっきのロビンが放った花びらにも似ていたが、こちらはその一つ一つがてんでのバラバラに宙を舞い。はっと気づけば、

 《 あ…。》

 少年の小さな姿が、羽毛にくるまれ埋まりかけている。彼の側からも視野が埋まっているものか、退けの離せのともがいているが、もはや何をしようと間に合わぬらしく。夢の世界のように、ふんわり柔らかな羽根の雪に覆われた空間が、


   ――― 何の合図も掛け声もないまま、ぱちりと、弾けた。








     ◇  ◇  ◇



 ルフィの“正義”の定義は、当人の単純さが反映されていてのこと、それはそれは判りやすい。それが果敢な挑戦ならいざ知らず、力づくの蹂躙や傲慢なばかりの欲望で押し通し、相手の意志や立場を思いやらないところが許せない。それ以上もそれ以下もなく、ただそれだけのこと。とはいえ、

 「ああ見えて、色々と寂しい想いも辛い想いもして来た坊やなんでしょう?」
 「ああ。」
 「だったら、通り一遍な言いようじゃあないわよね。」

 世の有り様を知らぬまま、いわゆる倫理だの正道だのを、教科書に順守しなさいとあるからってだけで振り回しているだけの身じゃあない。むしろ…あんなチビちゃくて まだ十代の若造だってのに、言葉知らずで日頃は思うところの半分も言い表せてないんじゃないかと思うほど、不器用極まりない奴だってのに。いざって時には、大きなことを思って大きなことを言う奴だと、サンジあたりは毎度毎度感心させられてもいるくらい。くだくだと美辞麗句を並べられることへ惑わされず、肌合いなどの感覚で、無垢な素の感情などなどを拾い上げるのが得手な、彼ならではの把握であり、
「さすがは聖封宗家の純血種よね。」
「いやですよ、そんな おだてちゃあ。」
 本当に金を溶け込ませたかのようなしっとりした重みもある、さらさらの髪をさりげなくも梳き上げつつ、ふっふっふ…と余裕を見せての微笑っちゃあいるが、

 「…さっきまで凄んげぇ打ちひしがれてたのにな。」

 彼らがいるガラス張りのサロンフロアからちょっぴり離れた、こちらはカフェテラスのテーブルにて。大人の艶美をまとったロビンを前にゆるみまくりのサンジを見やっては、しょうがない奴だよなと、ルフィが しししと笑ってたりし。


 『だって、エナジーを集めるだけ集めたら、
  青キジ様は何でも願いを叶えて下さるっていうからさ。』


 聖護翅翼は、護りの楯としてだけじゃあなく、何物かを逃さぬとする方向での就縛効果も持っているらしく。何をどうしてどうしたいと具体的に念じたわけじゃあなかったけれど、あの不可思議な少年を、逃がしたくはない捕まえたいと思ったルフィやゾロの意図を読んだかのように作用してのこと。気がつけば…純白の薄い膜のような革に、その身をくるりとくるまれて、ころりと皆様の足元へ転がっていた坊やだったりし。ジタバタどんなにもがいても、その就縛はほどけないまま。そのくせ、聖天世界に着いて、障壁に触れるとそのまま虚無海へ呑まれてしまうぞよと言い聞かせての放り込んだ“虚無楔の獄”へと収容すると、あっと言う間に消えてなくなったそうであり。そして…、そんな恐ろしいところに入れられるのはやだやだと、すっかりと気が萎れていたらしい坊やが渋々語ったのが、青キジの使いという者から囁かれたという誘いの言葉。CP9とかいうグループに名を連ねることを交換条件とされており、他のメンツが窮地に陥ったなら助っ人として呼び出されもするということだったらしいのだけれど。そのためにと渡されてあった小さなブローチは、帽子の縁へ留められてあったものが、天世界への移送の途中、いつの間にやら消えていた。それに、

 『呼ばれたことは一度もないね。
  だってさ、窮地にありますなんてみっともないことだから、
  助けてなんて誰も言い出さなかったんじゃあない?』

 そんな風にしゃあしゃあと言ってから、されど…小さな小さなお声で言ったのが、


  『お兄ちゃんに逢いたかったんだもの。』


 次界の不安定な地域に現れやすい“破断層”に家族で呑まれてしまい、小さい頃に生き別れとなった兄がいて。周囲の人はみんな口を揃えて、虚無海へと流されてしまったのだ、運が悪かったんだ諦めなさいと言うのだけれど。自分もまた、そのおりの衝撃の影響か、その身を保持するのが難しくなってしまって。いつ攫われるか判らぬぞと、根拠もないのに囃され脅されて。それで、組成の傾向を嗅ぎ取る感覚が冴えてしまい、そのおまけのように身についたのが陽体固化の能力だったりし。

 『そうやって、たった一人で頑張ってたご褒美なんだよって言われたんだもん。』

 ナミにくれはに、ゼフにコーザ。自身が絶対障壁でもある、四聖宮それぞれの長に取り巻かれての審問の席で、半ば不貞腐れつつもそうと証言した折の様子は、いかにも幼い子供そのものという口ぶりであり。

 「たった一人で。他にもそういう子供がいるのかと思うと、切ない話よね。」

 事実、あの子はこうして捕まえるまでどこの誰なのかがさっぱり不明なままだった。ああまでの能力があったから人の目にもついたけれど、そうではない子供もきっと数多にいるのだろう。生み出した存在にも何ら非はなくての、そういう悲しいケースだってきっと沢山。此処にいるんだと叫んでも、その声はどこにも届かない、聞く人がいない。そんな悲劇はやはり切ない。遣る瀬ないと眉を寄せたロビンの横顔に、ほわり見とれている伊達男さんだが、

 「……いいのかな。そろそろメイン会場でレセプションも始まるんだろうにさ。」
 「?」

 武骨で古びたデザインの、少しばかり大きめの椅子にどっかりと。屈強なその身を据えてのルフィと向かい合っていたゾロが、だからどしたんだ?と目顔で訊けば。生クリームの層との二層になってるイチゴのスムージーに突き立っていたストローから口許を離すと、いかにも鹿爪らしいお顔でテーブルの上へ身を乗り出して。
「だってあの二人は一応、この特別イベントの間はスタッフなんだもの。チーフ格の人から叱られちゃってもいいのかなって。」
「そういや、そうだっけな。」
 ああそうだったなと。今の今まで、こちらもうっかり…というか すっかり忘れ切ってた“勇者の兄”が、今起きたばかりですというよな風情で、その野性味あふれる目許を瞬かせる。だからサマルは、あんなに精悍じゃあ訝
(おか)しいんだってと。ちょっとばかり離れた席からこっちを眺めている女の子たちの集団がいる此処は、すっかりと時間の流れも戻っている、ケルベロス島(仮名)だったりし。こちらの皆様がすったもんだを片付けていた亜空間は、微妙に時間軸を緩く設定されていて。一連の悶着を片付けての、昏倒していた皆様の記憶も塗り替えて、さて。何もなかったかのごとく、あのデュエルが催されてた広間とは通りの違う町角まで、こっそりと撤退していた彼らであり。
「お前を窺ってた影への対処は一応は片付いたってことで、このまま帰るのも有りとか構えてんじゃあないか?」
「え〜〜〜っ?」
 そんなの詰まんねえ、ロビンさんのりぼんちゃん、も一回見たいし…と。あちらさんはともかく、

 “それだけはやめてくれ…。”

 ゾロが秘かに口許歪めそうなことまで口にしたルフィであり。守護様のそんな胸の裡も知らず、
「だってさ。ロビンさんて滅多に逢えないじゃん。」
 ぶうぶうと頬を真ん丸く膨らませ、
「あんな優しい人なのに。」
 サンジが凄っごく落ち込んでたの、ああまで復活したのもロビンさんが慰めたからだしさと、屈託なく微笑っておいで。だが、

 「あのな。あのグル眉が落ち込んどったのは、
  あの坊主が“坊主”じゃあなくって“女の子”だったからだろが。」

 あいつの特殊な事情なんだから、本来だったら放っておいてもよかったことだぞと、こちらさんは辛辣極まりない。あれほど手を焼かせた不思議ちゃんは、その事情から何とか素性を探って探って、本人からも深層記憶を読み取ってのやっと。生まれた処と経て来た経歴のようなものが少々手繰れて。その結果、1つだけだが、彼…もとえ彼女には一番の朗報も見つかって。

 『アデル。
  あなたのお兄さんは確かに亡くなってはいません。
  虚無海に攫われてもいません。』

 突発的な事故に遭い、大きな力に攫われた兄上は、在所から随分と離れた処で助けられ、やはりまだ子供であったことからそこの住人らに引き取られて育っていた。すっかり一人前という年頃にもなっており、折を見て家族を捜す旅に出たいとの申し出も出ているそうで。

 『どういう奇遇なのかしらね。
  あなたがロビンへと引き合いに出した西の天風宮で、
  コーザの野駆けに必ず同行する、一番勇ましい近衛たちを束ねていたのよね。』

 彼もまた、彼なりに孤軍奮闘したらしき、今や凄腕の邪妖狩り。

 『……シュライアの妹〜〜〜?』

 嘘でしょ、あいつだったら俺、西へ顔出せば 地酒呑ましてもらう間柄ですよ? 第一、あいつ、家族も親類もいない天涯孤独だって言ってたし、それより何より、あのぼうずがおんなのこだってぇ〜〜〜??

 『……………そんなにショックを受けようとは思わなかったわねぇ。』

 彼もまた、様々な悲劇に翻弄されても来ている生まれや育ちという背景から、日頃の活躍の中、繊細なことへ通じつつも豪胆大胆。鋭利な刃物のように鮮やかな働きをこなす男だというのが売りの、クールな切れ者…で通っているサンジなだけに。驚くツボが他の人とこうまで違うとはと、そっちへ皆が呆れたのは言うまでもなく。

 「だから、ゾロが“大喰らい”って言ったのへは
  どこ吹く風って顔が通せなかったんだ。」
(おいおい)

 女の子じゃあなあ…って、いやその何だ。理由はどうあれ、そうまで落ち込んでしまったサンジを、あっと言う間に立ち直らせたロビンの人柄を、ルフィは素直に“凄い凄い”と感じ入っておいでのご様子。そして、

  「………。」

 そんな屈託のない彼が、なのに、あんな土壇場で、胸を張っての言い切った一言が、いまだに胸から離れないゾロであり。


  『俺がどんな奴になってようと、
   人間じゃなくたって、ゾロは必ず見っけてくれるって。
   だから、この生が済んでの死んだら、後はどうでもいいってこたないんだ。』


 ああ、まただ。つくづくとビックリ箱だよな、こいつってばさ。誰かを信じ切って委ねることもまた、心の芯が強くなければ出来ないことだし。こうまで豪気な相手から委ねられた側としちゃあ、ならばしゃにむに死力を尽くそうって気にもなる。いやいや、それは本心の全てじゃあない。むしろ……

 「………言い訳だよな。」
 「んん? 何か言ったか? ゾロ。」

 大きなドングリ眸がぱちくりと瞬いて。微妙というか複雑というか、柄にない心情を持て余してる誰かさんの胸の裡
(うち)、しゃかしゃか掻き回して下さって。


  【 長らくお待たせ致しました。
    ドラゴンメイデン・ファンタジーワールドの旅、
    開幕セレモニーの準備が、
    ホテル・シャンピニオン“東京ベイ”の白虎の間にて整いました。
    皆様、お誘い合わせのうえ、レセプション会場までお運び下さいませ。
    なお、会場内のビューイングシアターにても
    開幕式典の模様は全て中継させていただきます。
    そちらでの歓談をご希望の方々は、
    記念品等、お部屋のほうまでお届けさせていただきますので、
    ご自由におくつろぎ下さいませ。
    ホテル・シャンピニオン“東京ベイ”への順路は…】


 ああ、いよいよ始まるねと。周囲のテーブルを埋めていたコスプレ姿の皆様が、三々五々、立ち上がっての流れ始める。急がなくても大丈夫ですよ、式典開幕は1時間後になっておりますと、そちらも異邦人風のいでたちをしたスタッフの方々が声を掛けており、物慣れた仮装が決まっておいでのレイヤーさんへは、写真撮影の行列が出来ているほどで。


  「…そっか。まだ始まっちゃあいなかったんだ。」
  「だな。」
  「何か、結構どたばたしたんで、あとは食って寝るだけって気になってたぜ。」
  「なに言ってんだっ。早く会場行こうぜっ。御馳走が待ってるぜっ。」
  「…俺が日頃 何食べさせてるかをあっさり台なしにしてくれるよな、こいつ。」
  「あらあら、何食べさせてるの? ゾロ。」
  「んっとな、俺が一番好きなのは坦々麺と八宝菜と、
   ピカタにあげ玉煮に、こないだ食べた若鷄の照り焼きも旨かったvv」
  「……結構家庭的なの作ってんだな。」


 でもでも、それはそれでこっちはこっちだと。むんと胸張り、ゾロの手を取り、さあ行こうぞと張り切って駆け出したあたり。さては、こたびのこのイベントの、彼にとっての最大の目的は、有名ホテルのシェフが提供とあった、2泊3日の間中に出される三度のご飯だと 家政婦は見たっ。

 「誰が家政婦ですか。」
(笑)

 勇気りんりん、細っこいのにそりゃあ凄まじい馬力でもって。会場目指して向かった二人の後ろ姿を、額に小手をかざして見送るサンジだったが、

 「…ごめんなさいね。道化役までさせちゃって。」

 傍らからのお声が聞こえても、その手と視線はそのままに、

 「いえいえ。
  こういう奴だってゆ刷り込みというか伏線というかは、
  こういう時ンために引いてんですからね。」

 淡々としたお声で応じて差し上げ。ちらと流した視線でもって、構いませんか?との許可を得てから、ジャケットの懐ろをまさぐると、紙巻き煙草をつまみ出す。全員が移動してった訳じゃあなくて、だが、此処はオープンカフェだし、人気も減ったし。何より、心なしうつむいての、口許を両手で緩く覆って火を点ける一連の所作仕草が、なかなか様になっていたせいか、禁煙ですという注意は飛んでも来ぬまま容認されたらしくって。最初の紫煙をふうと吐き出し、

 「なかったんですってね。アデルが貯蔵してたはずのエナジー。」
 「ええ。虚窩
(うろ)のどこにも。」

 目的だった兄とも逢えて、もはやあの不思議ちゃんにはこちらへ嘘を言ったり隠しておくだけの理由はない。むしろ、もはや縁切りとばかり洗いざらいをぶちまけてしまった感さえあったものが、凝縮暴発せぬようにと回収に出た面々が言うには、聞き出したどの虚窩にも彼女が集めた高密度エナジーなどなかったと。
「でも、嘘じゃあない。残滓はあったんでしょう?」
 これと分かっている案件のエナジーと同じ成分が幾つか検出出来たので、そこへと収納されていたには違いないらしく。
「彼女が結界かけて隠していたそれらを、横取りした奴がいたってことですよね。」
「ええ、そうなるわ。」
 中世風のティーセットは、本物のアンティークじゃあないがそれでも凝った作りの逸品であり。ロビンの形のいい白い手にもしっくりと馴染んでいて、そりゃあ優雅。だが、その表情にはかすかに憂いの影が差しており、

 「それが本当にあの青キジの息がかかった者なのかも、
  今はまだ不確かではあるけれど。
  それをかざしてアデルへと近づいた者がいて、
  彼女の能力を把握し、唆していたというのは事実。」

 そして…恐らくは、そいつが問題のエナジーを掠め取ったに違いなく。
「CP9でしたっけ。厄介な存在が現れましたね。」
「ええ。でも…。」
 ふと、言葉を区切ったロビンであり、

 「あなたたちは切り替えて下さい。ルフィの護りをこそ優先して。」

 その何物かはあくまでも天聖世界の聖宮が要注意とした存在だってだけであり、彼らもまたルフィを狙うかどうかは不確定。たまたまアデルの目的に相性が合ったのでと目をつけられただけな彼だということで、

 「収拾してくれたら一番なのだから。」

 これ以上、妙な輩に目をつけられぬようにと、そんな風に願うことさえ拾われては困るからと。出来る限りの小声で囁いたロビンであり。それは確かにと噛みしめるように、サンジもまた、紫煙の輪を連ねては打ち沈んだ表情を誤魔化すばかりであったりした。海に浮かんだ孤島の周縁から、遠く近く響くは、潮騒の響き、風の声。その奥底にさえ何か潜んでいはせぬか、ついと振り返れば空には明け星が、孤高のままに煌いていた夏の空。






  〜Fine〜 08.10.27.

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  *………………………お、終わってもいいのかな?

後書き **


めーるふぉーむvv
めるふぉ 置きましたvv

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